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アメリカビザの歴史簡単まとめ・アメリカ豆知識2

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アメリカの歴史HISTORY OF AMERICA

アメリカについて

アメリカの歴史
アメリカの第一次大戦前までの近代史を簡単にまとめてみました。アメリカ旅行の史跡・遺跡観光の豆知識にお使い下さい。

アメリカの歴史・簡単豆知識(近代まで)

植民地時代以前のアメリカには、もともとBC25.000~12.000年前の氷河期に、アジアからモンゴロイドが凍結したベーリング海を渡って北アメリカ大陸に渡ってきました。このインディアンは統一国家を作らずに南北アメリカ大陸全体に広がり部族毎に分かれて生活していました。しかし、近代に入って1982年に世界遺産に登録されました「カホキア・マウンド(土塁)州立史跡」などは墳墓遺跡から1万人以上の人口を有する都市が大航海時代の前まで続いたと考えられています。

10世紀の末頃に、バイキングのノルマン人が北米に渡ったという記録あります。そして、カナダのニューファンドランド島まで至りますが、このことはヨーロッパには知れ渡らなかった為、大陸発見者とはされないで終わってしまいます。

そして、現在のアメリカにも大きな影響を与えることとなった歴史の転換期は、大航海時代に訪れます。
まず、1492年にスペインのイサベル女王の命を受けたコロンブスが西インド諸島に到達し、それを機にアメリカ大陸の存在がヨーロッパに知れ渡るとこぞってヨーロッパの国々がアメリカへ訪れるようになりました。
スペインは金を求めて中南米に、北米はテキサスやフロリダあたりを植民地化するにとどまりました。
そのあとを追ってイギリスやフランス、オランダなどがアメリカに進出し、イギリスは1497年にニューイングランドの領有を宣言、フランスは1534年にはカナダを領有しました。特にこの2カ国はアメリカ進出に積極的で、イギリスはボストンを中心とするニューイングランドに、フランスはルイジアナに植民地を築いていきました。この他にも、オランダはニューアムステルダム(現在のニューヨーク)やニュージャージー、スウェーデンはデラウェア、スペインはフロリダに植民地を築きました。
17世紀から18世紀には、1700年のスペイン継承戦争をきっかけに、本国のイギリスとフランスがヨーロッパにおいて戦争をするたびに、七年戦争・フレンチ・インディアン戦争と呼ばれたイギリスのニューイングランド植民地と、フランスのカナダ北米植民地戦争が起こります。1763年に勝利したイギリスが、フランスやスペインの植民も手中に収め地大西洋沿岸部のほとんどを支配しました。この他にもスペイン植民地への奴隷専売権なども得て、大英帝国が発展していきました。

しかし、かねてから羊毛品法や鉄法などをかけて常備軍や官僚制度を維持する絶対主義体制維持のための重商主義が、植民地での工業発展を妨げていました。また、18世紀の度重なるフランスとの戦争との結果、多くの出費を費やしたイギリス本国はアメリカ独立戦争の原因ともなったアメリカの植民地に対し多種にわたる税制を課すようになって行きました。
1764年には植民地に輸入する砂糖に関税をかけた砂糖法
1765年にはアメリカで刊行される印刷物すべてにイギリスの印紙を貼る印紙法
1767年にイギリスが13の植民地に酒、茶、紙、ガラス、ペンキなどに非常に高率の関税を掛けるタウンゼンド諸法など、
当然のように植民地からの反発が強く、印紙法やタウンゼンド諸法など一部を除き廃止されました。

次の手段として、イギリスは経営困難に陥っていた東インド会社に対し、アメリカの13の植民地に対して茶を販売するときは関税なしで販売できる権利を与え、茶法によって茶の貿易を独占しようとしました。しかしながら、当時の植民地では茶販売で生計をなりたている人も多く、1773年この法に対し住民がインディアンの犯行を装い、ボストン港停泊中の東インド会社の船から342個の紅茶箱を海に捨て去った「ボストン茶会事件」へと発展してしまいます。これに対し衝撃を受けたイギリスは、事件の起こったボストン港を閉鎖しマサチューセッツ州をイギリス国王の直轄地にし自治権を剥奪するなど、植民地に対し 強硬な姿勢を示しました。
植民地はイギリスに対し自治権と植民地の同意のない課税拒否権を求め、ジョージア州を除く12の植民地の代表が集まり
フィラデルフィアで史上初めての大陸会議を開催しました。
そして翌年の1775年4月に、英国の駐屯兵と住民有志による民兵がボストン郊外にて武力衝突が勃発したレキシントンとコンコードの戦いをきっかけにアメリカ独立戦争がはじまりました。

住民代表者は第2次大陸会議を開催、ジョージ・ワシントンを戦争の総司令官に任命して大陸軍 (アメリカ)を結成、戦いが続く1776年7月4日の大陸会議において、トーマス・ジェファーソン(第3代大統領:Thomas Jefferson)らを筆頭にアメリカの独立を決定し、プロテスタント的思想を体現して近代民主主義の原点となったアメリカ独立宣言を発表した。
アメリカ合衆国として独立した建国時の13州は
ニューハンプシャー、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネティカット ・ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア ・メリーランド、ヴァージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア
1778年、アメリカ軍優勢の状況をみてフランスがアメリカ側に付き、それに続いてスペインやオランダもアメリカ側に付いたことでイギリスは孤立してしまいました。ロシア帝国エカチェリーナ2世皇帝は他のヨーロッパ諸国に呼びかけ、武装中立同盟を結んだことで、更に追い込まれてしまうこととなりました。
1781年、当時のイギリス軍拠点であったバージニア植民地のヨークタウンをアメリカとフランスの連合軍が包囲し降伏させ植民地軍が勝利しました。
1783年、パリ条約が締結され、イギリスはアメリカの独立をついに認めました。
1787年、アメリカ合衆国憲法が制定されました。
1789年、戦争の総司令官であったジョージ・ワシントンが初代大統領に選出されました。
それ以降、主権国家としての体制を整える一方で、
1803年、アメリカはフランスのナポレオンからルイジアナを1500万 ドルで買収しました。
(ルイジアナはミシシッピ川流域のアイオワ、アーカンソー、オクラホマなど15州にまたがる広大な土地でアメリカの領土は一気に倍に広まりました。)
1812年、フランスとイギリスの間で起こったナポレオン戦争の影響で農産物輸出に大打撃を受けたアメリカがイギリスに宣戦布告し米英戦争が始まりました。しかし、決定打を欠いたまま両国は疲弊し1814年12月に講和しました。アメリカはこの戦争でイギリスを支援したインディアンから広大な土地を奪い取りました。
その後、モンロー主義、米墨戦争など諸外国との交渉や紛争を経て西の方へ領土を拡張していきました。
1861年、 工業化と保護貿易を望む合衆国にとどまった北部23州のアメリカ合衆国と奴隷を使った農業が盛んで 奴隷制存続を主張し、綿花をイギリスに売るため保護貿易反対のアメリカ南部諸州のうち11州が合衆国を脱退して形成したアメリカ連合国との間で行われた南北戦争が始まりました。この戦争では史上初めて近代的な機械技術が主戦力として投入されました。
1862年9月、自由貿易を望むアメリカ連合国は資本家を見方に付けるなか、北側のアメリカ合衆国を指揮するエイブラハム・リンカーンはこの南北戦争中に奴隷解放予備宣言を出し、1863年に奴隷解放宣言を発表すると急速に支持を拡大し、人道的な奴隷解放を目指す北軍の戦いを支援すべきであるとイギリスの世論を味方につけ、ゲディスバーグの戦いで北軍が勝利を収めると南軍の勢力が弱まり、1865年に南部連合は降伏しアメリカを統一しました。

その後、アメリカは西部開拓時代へと突入していきます。
植民地時代の1848年にはカリフォルニア州で金鉱が発見されゴールド・ラッシュゴールド・ラッシュが始まると、太平洋岸が開拓されていきます。逆に太平洋岸から内陸部に向かっての開拓も進み、これによって大西洋岸から太平洋岸までフロンティア未開拓地域が開拓されていきました。また、南北戦争中の1862年、リンカーンは大陸横断鉄道の建設を開始していました。西からは中国人移民が、東からはアイルランド人移民が多く駆り出され1865年4月14日リンカーン大統領暗殺事件の死から4年後の1869年、ついに最初の大陸横断鉄道が完成しました。
それによって西部の人口増加し、インディアンの居住区は急速に奪われていきました。追いやられたインディアンは代表的なスー族やアパッチ族、シャイアン族などが決起し戦いましたが鎮圧され、インディアンの土地のほとんどを白人農業者のものとするドーズ法が1887年に制定されました。
1871年、インディアン部族を独立国家とはみなさない。今後はもう主権条約は結ばないと宣言。
1886年、アメリカ合衆国の独立100周年を記念し、フランスから自由の女神が寄贈されました。
1890年、開拓の邪魔になっていたインディアンの一掃は終了したとして、フロンティア(西部開拓)の消滅を宣言し、アメリカ全土に入植者が入った事を宣言しました。

1889年にパン・アメリカ会議が開催され、アメリカのラテンアメリカ進出を促しました。
1890年帝国主義時代へと突入します。
フロンティアの終了により開拓すべき土地がなくなってしまうと、新たな開拓地を求め多くの白人が太平洋の島々に進出して行きました。
1898年ハワイ王国を併合、1898年の米西戦争とパリ条約にの結果、スペインは西インド諸島と太平洋におけるほとんどの植民地をアメリカへ割譲し、キューバを保護国に、プエルトリコやフィリピン、グアム島などを植民地化するなどアメリカによる植民地獲得競争への参加が本格化していきました。
中央アメリカへの干渉も本格化させていき1909年からのニカラグア干渉では当時の政府をひっくり返し占領するにいたりました。

過去もしくは現在においてもアメリカの領土や保護国であった国です。 
アラスカ: 1867年ロシアから720万ドルで購入  現在=州に昇格
グアム: 1898年パリ条約によりスペインから割譲 現在=自治領
フィリピン: 1898年パリ条約によりスペインから割譲 現在=独立済み
プエルトリコ: 1898年パリ条約によりスペインから割譲 現在=自治領
キューバ: 1902年プラット修正条項によりグアンタナモとバイアオンダを租借(事実上の保護国化) 現在=独立済み
ハワイ: 1898年アメリカ自治的編入地域  州に昇格
アメリカ領サモア: 1899年ベルリン条約によりドイツより西サモアを割譲 現在=事実上の自治領
パナマ運河地帯: 1903年パナマ運河条約により租借  現在=返還済み
ハイチ: 1915年アメリカ軍が占領  現在=撤退済み
ドミニカ共和国: 1916年アメリカ軍が占領  現在=撤退済み
ヴァージン諸島: 1917年デンマークから2500万ドルで購入  現在=自治領
太平洋の国連信託統治領: 1945年〜90年、現在はマーシャル諸島・ミクロネシア連邦・パラオの独立国、およびアメリカ自治領の北マリアナ諸島。

アメリカの歴史年表(第一次世界大戦から近年まで)

1917 第一次世界大戦に参戦。 
1919 禁酒法成立。
1920 女性参政権発効。
1924 排日移民法。
1927 リンドバーグ、大西洋横断飛行。
1929 ウオール街で経済大恐慌に。
1933 ルーズベルトのニュー・ジール実施。
1939 第二次世界大戦勃発、アメリカ中立宣言。
1941 日本軍の真珠湾奇襲により太平洋戦争が開戦。
1942 日系人に強制立ち退き命令発布。
1944 ノルマンディー上陸作戦。パリ解放。ブレトン・ウッズ協定調印。
1945 ヤルタ会談(2月)。ポツダム会談(7月)。第二次世界大戦終結。
1946 チャーチル「鉄のカーテン」演説
1947 トルーマン・ドクトリン(共産主義侵略の恐れのある国(トルコ・ギリシャ)への援助宣言)。
マーシャルプラン(マーシャル国務長官の「ヨーロッパ経済復興援助計画」。後に軍事色が強まる)。
GATT(関税と貿易に関する一般協定)調印。
1949 NTO・北大西洋条約(4月)。赤狩り旋風。
1950 マッカーシー旋風の始まり(2月)。
1951 日米安全保障条約の調印(9月)。
1954 公立高校の人種差別教育に最高裁の違憲判決・ブラウン判決(5月)。
1955 キング牧師のバス・ボイコット闘争、黒人運動の始まり。
1962 キューバ危機回避(10月)。
1963 人種差別反対のワシントン大行進。ケネディ大統領暗殺。
1964 公民権法成立(7月)。キング牧師ノーベル平和賞(10月)。
1965 北ベトナム爆撃開始(2月)。
1967 ワシントンでベトナム反戦大集会(10月)。
1968 キング牧師暗殺(4月)。
1969 アポロ11号の月面到着。
1972 ニクソン大統領の訪中(2月)、訪ソ(5月)、SALT・戦略兵器制限条約に調印。
1973 ベトナム和平交渉調印。米軍、ベトナムから撤退。
1974 ニクソン大統領、ウォーターゲート事件で辞任(8月)。
1975 サイゴン陥落。ベトナム戦争終結(4月)。
1976 建国200年、南部人カーター大統領当選(1月)
1978 キャンプ・デイビット会談(カーター、サダト、ベキン)9月。
1979 スリーマイル島の原発事故。
1981 レーガン、大統領に就任(1月)。
1980 モスクワ・オリンピックをボイコット。
1983 レーガン、SIDI(戦略防衛構想)を発表。
1985 プラザ合意成立(ドル高是正開始)9月。
1987 ループル合意 ※政策的多国間協議によって、為替相場(ドル)の安定をはかり、米国の財政赤字を削減するための合意。米国内の資金需要の抑制と金利低下(目的)。
1988 包括通商・競争強化法(スーパー301条を含む)成立。
1989 ブッシュ、大統領就任。米ソ首脳マルタで会談(12月)。「冷戦終結」へ。
1990 イラク軍、クエートに侵攻(8月)。
1991 湾岸戦争突入(1月)。勝利宣言(2月)。START(戦略兵器削減交渉)調印(7月)。
1992 ロスアンゼルスで人種差別暴動(4月)。NAFTA(北米自由貿易協定)合意(8月)。
クリントン、大統領に当選。
1993 クリントン、大統領に就任当選(11月)。ウルガイ・ラウンド(※)
※DATT(関税および貿易に関する一般協定)によってウルガイで行われた多角的貿易交渉。ソ連参加。
2000 キャンプ・デービッドでの、クリントン、バラク、アラファト首脳会談決裂(7月)。
2001 ブッシュ政権誕生(1月)。同時多発テロ(9月)。アフガニスタン爆撃(10月)。
2002 アメリカ、イラクとイランと北朝鮮を「悪の枢軸」と非難(1月)。